日時
上映中~9月15日(木)
料金
【特別料金】一般¥1,600/シニア¥1,200/ユース(19歳~22歳)¥1,100/アンダー18(16歳~18歳)¥1,000/ジュニア(15歳以下)¥800/UPLINK会員¥1,100(土日祝¥1,300)/UPLINKユース会員(22歳以下)¥1,000
上映中~9月15日(木)
【特別料金】一般¥1,600/シニア¥1,200/ユース(19歳~22歳)¥1,100/アンダー18(16歳~18歳)¥1,000/ジュニア(15歳以下)¥800/UPLINK会員¥1,100(土日祝¥1,300)/UPLINKユース会員(22歳以下)¥1,000
「生誕90周年上映 フランソワ・トリュフォーの冒険」特集上映を記念して、ご鑑賞のお客様にオリジナル・マッチをプレゼント。
※数量限定、なくなり次第終了となります
カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、
トリュフォーの名を一躍国際的に知らしめた名作にして、
「ヌーヴェル・ヴァーグ」映画を代表する一本。
©MK2
家庭にも学校にも居場所がなく、ついには非行に走って感化院送りになる14歳の少年アントワーヌ・ドワネルを主人公とした半自伝的作品。静止画を用いて解釈を宙吊りにする開放型のエンディングは、その後の映画にさまざまな影響を及ぼした。「これまでに観た中で最も美しい映画の一本」(黒澤明)、「映画にこれほど心動かされたことはない」(ジャン・コクトー)、「ヌーヴェル・ヴァーグ最初の傑作」(ジョナス・メカス)等々、世界中の芸術家に愛された作品でもある。撮影開始直前に亡くなったバザンに捧げられている。
※当館は2K上映
「アントワーヌ・ドワネルの冒険」第二弾として作られた短編。
思春期を迎えたドワネルの、
初恋から失恋へいたる悲喜こもごもが描かれる。
©MK2
監督として石原慎太郎やアンジェイ・ワイダも参加した(人選にはトリュフォーの意見が反映されている)全五話からなるオムニバス映画『二十歳の恋』(1962)の一挿話として製作された短編。連作「アントワーヌ・ドワネルもの」の二作目でもある。レコード製造会社に勤務し自活している17歳のドワネルが、古典音楽のコンサート会場で女子学生コレットに一目ぼれするも、彼女からは恋愛対象と見なされない悲喜劇。これまたトリュフォーの実体験に基づく物語で、「多くを求め過ぎるとすべてを失うことになりかねない」との教訓が込められている。
※当館は2K上映
「ドワネルの冒険」第三弾にして、同連作初のカラー映画。
語り口がより軽やかになり、
笑いの要素も強まって映画作家トリュフォーの成熟を感じさせる。
©MK2
「ドワネルもの」三作目。20代前半になったドワネルは、兵役を終えてさまざまな職に就くが、次々にクビになってどれも長続きしない。他方で彼は恋人クリスチーヌとの愛を育んでいるのだが、雇用主の魅力的な細君にフラフラとよろめいてしまったり、危なっかしい。前二作以上に楽天性と喜劇色が強まり、演出にも余裕と円熟味が感じられる一篇。原題の「盗まれた接吻」は、本作の主題歌としても使われているシャルル・トレネの歌『残されし恋には』の一節から採られた文言。威信あるルイ・デリュック賞の最優秀作品賞を受賞した。
※当館は2K上映
「ドワネルの冒険」第四弾。結婚し、長男をもうけたドワネルだが、
一家の大黒柱となるにはほど遠い未熟ぶりで……
©MK2
「ドワネルもの」四作目にあたる本作においては、前作の最後で婚約したドワネルとクリスチーヌが結婚し、子どもをもうける姿が描かれる。しかしドワネルは家庭生活に落ち着くどころか、日本人女性と不倫するなど相変わらずフラフラとして頼りない。もっとも、彼の無責任ぶりのせいで一時は危機的状況に陥った夫婦関係も、最後には元の鞘に収まる。作中に散りばめられたゴダール、アラン・レネ、ジャック・タチ、ジョン・フォード、ジャン・ユスターシュ、ジャンヌ・モローらへのオマージュや目配せを探してみるのも一興。
※当館は2K上映
「ドワネルの冒険」五作目。
中年にさしかかったアントワーヌ・ドワネルを軽快に、
だがその底に苦悩を滲ませつつ描く完結編。
©MK2
「ドワネルもの」五作目にして最終作。相変わらずさまざまな職と女性を転々としているらしいドワネルも今や30代半ばで、クリスチーヌとも離婚。そんなある日、彼はかつて失恋したコレットと再会し……過去四本の連作からの抜粋を回想場面として再利用しつつ、かつてコレット役を演じたマリー゠フランス・ピジェを再び起用してレオーと共演させるなど、完結編にして総集編と呼ぶにふさわしい作品となった。ただし長年にわたってドワネルと一体化していたレオーにとって、連作を終えてしまうことはつらい経験であったという。
※当館は2K上映
ベルナデット・ラフォンの陽気な人間的魅力が
遺憾なく引き出された、
男性社会に対する諷刺的視線を秘めた軽やかな犯罪喜劇。
©Pierre Zucca
アメリカ人作家ヘンリー・ファレルの同名犯罪小説を翻案した、軽快なタッチの諷刺喜劇。女性犯罪者をめぐる著作を準備中の若手社会学者が、殺人罪で服役中の娘カミーユへの取材を試みる。自らの半生をめぐるカミーユの談話を聞くうちに、学者は彼女に夢中になってしまい、その無実を証明しようとやっきになるが……男たちを手玉にとって生き延びる元気いっぱいのヒロインを、トリュフォーとの協働は最初期の短編『あこがれ』(57)以来となるラフォンが溌剌と演じた痛快篇。実は当初ヒロインをクロード・ジャドが、社会学者をトリュフォー自身が演じる予定だった。
『突然炎のごとく』の原作者ロシェの小説を翻案した、
もう一つの親密にして激しい三角関係の物語。
トリュフォー自身、本作を「傑作」だと考えていたといわれる。
©Pierre Zucca
20世紀初頭。パリ在住のフランス人青年クロードは、母の旧友である英国婦人の娘アンに誘われて、ひと夏をウェールズで過ごすことになる。英国でクロードは、アンの内気な妹ミュリエルと惹かれ合うようになるが……原作となったアンリ゠ピエール・ロシェの小説は、カトリーヌ・ドヌーヴとの別れが原因で鬱状態になったトリュフォーが、診療所に持ち込んだ唯一の書物だったとされる。ゆえにこの悲痛で美しい恋愛劇にも、彼の個人的感情が浸透している。本作はまた、レオーが初めてドワネル以外の重要な役柄を演じたトリュフォー映画でもある。
「『突然炎のごとく』は生と死への賛歌であり、
カップル以外にはいかなる愛の組み合わせも不可能であることを
歓びと哀しみを通じて表明した作品である」(トリュフォー)。
©LES FILMS DU CARROSSE – SEDIF
トリュフォーが敬愛してやまないアンリ゠ピエール・ロシェの半自伝的小説を翻案した、どこか宿命論的な三角関係の物語。第一次大戦前後の仏・墺・独を舞台に、ボヘミアン的生活様式と芸術愛好を共有する親友同士のジュールとジムが、気まぐれで奔放な女カトリーヌと出会ったことで始まる、彼らの長きにわたる奇妙な愛情生活が描かれる。何ものにも囚われない自由なヒロインを、ジャンヌ・モローがこのうえなく魅力的に演じている。国内外で高く評価されただけでなく世界的にヒットし、今や映画史上の古典としての地位を確立した作品。
ブリュッセル映画祭で最優秀監督賞を受賞した、
トリュフォーにとっての「真の初監督作」。
ベルナデット・ラフォンの映画デビュー作でもある。
©DR MK2
習作短編『ある訪問』(1954)に続く二本目の短編監督作だが、トリュフォー自身は本作を「真の初監督作」と呼んでいる。舞台となるのは南仏の田舎町。この町の小僧っ子たち(「小僧っ子たち」は本作の原題でもある)がひとりの若い娘にのぼせあがり、気を惹くために彼女とその恋人に悪戯を仕掛ける姿を描く。娘を演じるのはこの後ヌーヴェル・ヴァーグ映画を代表する女優の一人となるベルナデット・ラフォンで、恋人役は当時ラフォンの夫だったジェラール・ブランが演じている。撮影はラフォンの故郷でもあるニームで行われた。
ナチスへの秘かな抵抗を続けながら上演活動を続ける劇団の女座長。
その奮闘ぶりを、スリルとロマンスを絡めて描いた、
トリュフォー映画中最大の世間的成功を収めた一本。
©Jean-Pierre Fizet
1942年、独軍占領下のパリ。モンマルトル地区を拠点とする女優マリオン率いる小劇団が、検閲、反ユダヤ主義、物資不足に抵抗しながら上演を継続し、文化の灯を絶やすまいと奮闘する姿を描きつつ、ヒロインを中心とする三角関係の物語をもサスペンスフルに綴っていく。占領下のパリを舞台とする映画を撮ることは、トリュフォーにとって長年の念願だった。セザール賞10部門(最優秀作品賞と最優秀監督賞を含む)で受賞し、フランスのみならず米国でもヒットした。トリュフォーがフランス映画界を代表する正統派作家として認められたことを印象づけた作品。強い意志を持つヒロインのマリオン役は、ドヌーヴを想定して書かれた。
「精神的父親」アンドレ・バザンと「孤独な非行少年」
トリュフォーの関係が重ねられるかにも見える、
感動的な医師と野生児の物語。
©Pierre Zucca
フランス人医師ジャン・イタールが、19世紀初頭に発表した「アヴェロンの野生児」をめぐる諸論考に基づく作品。もともとトリュフォーは家庭や社会に受け入れられない子どもや、他者との意思疎通に困難を抱える子どもに深い関心を抱いていた。そうした関心傾向が、捕獲され一度は知的障碍と診断されるもイタールの努力により多少の人間らしさを取り戻した野生児の実話に彼を惹きつけたのだった。白黒で撮られた本作ではトリュフォー自らイタールを演じ、見捨てられた子どもに教育を授け、愛情を注ぐ人物を演じる。本作を観たスピルバーグは、『未知との遭遇』に俳優としてトリュフォーを起用した。
新進女優イザベル・アジャーニの
鬼気迫る演技に世界が注目した、
(狂気の)愛をめぐるきびしくもロマンティックな内省。
©Bernard Prim
文豪ヴィクトル・ユゴーの次女アデルの日記に基づき、19世紀半ばに彼女が経験したあるできごとを描いた作品。『野性の少年』で歴史的事実に基づく映画作りの楽しさに気づいたトリュフォーは、本作で再びそれを試す機会を得る。たまたま出会った英国人将校に、報われることのない強迫観念的な愛を寄せ続けるアデル役には、当時20歳のイザベル・アジャーニが抜擢された。本作における演技で、彼女は史上最年少でオスカー主演女優賞候補となるなど高く評価された。また作品自体、批評家たちから絶賛され、国内外の映画賞を多数受賞している。
©DR
1932年2月6日、パリ生まれ。八歳まで主に母方の祖母および(義)父方の祖父母の手で育てられる。彼らが歳を取り過ぎて孫の世話をすることができなくなった後で、両親と暮らすようになる。だが劣悪な家庭環境(母の愛を得られず、義父のことも尊敬できなかった)が原因で、しばしば学校をズル休みして、映画館を逃避の場とした。何度も放校された挙句、14歳のときに独学を決意。学びの場は映画と書物だった。
48年より親友ロベール・ラシュネーと共にシネクラブを主催し始め、シネクラブ活動を通じて映画批評家アンドレ・バザンと出会う。この代理父的存在から経済面および精神面の支えを得つつ、職業的にも人間的にも多大な影響を被った。バザンを介して創刊されて間もないカイエ・デュ・シネマ誌に参加、映画批評家として活動を開始するが、その容赦のない評論文の数々で「フランス映画の墓堀人」の異名をとる。54年、フランス映画界の現状批判を展開し、旧弊な価値観の転覆を図った論文「フランス映画のある種の傾向」が物議を醸す。この論文は映画の真の作り手を監督とみなす、いわば過激な「作家主義」宣言でもあった。こうした姿勢の延長上に、アルフレッド・ヒッチコックへの長時間にわたる取材に基づく著作『映画術』(山田宏一、蓮實重彦訳、晶文社)がある。
50年代半ばよりみずから短編映画を監督し始め、その後長編第一作『大人は判ってくれない』(1959)を発表。多分に自伝的要素を含む同作によりカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、一躍世界から注目されると共に「ヌーヴェル・ヴァーグ」映画勃興の一翼を担う。また『大人は判ってくれない』は、当時14歳だった俳優ジャン゠ピエール・レオーとの長きにわたる協働関係の始まりをも告げた。中でもこの映画でレオーが演じたアントワーヌ・ドワネルの成長を主題とし、それを人間=俳優レオーの成長と重ねた連作は有名。半自伝的映画作りと並行して、スリラー、ロマンス、喜劇、SF等さまざまな領域に挑戦しつつ、数多くの秀作を発表し続ける。
1984年10月21日、脳腫瘍により52歳の若さで死去。30本映画を撮ったら監督を引退し、著述家として晩年を過ごす予定だったといわれるが、目標に5本満たない全部で25本の長短編映画(共同監督作を除く)を遺すことになった。
提供・配給:KADOKAWA
宣伝:マーメイドフィルム、VALERIA