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9月のアル・ラシード通り Al-Rashid Street in September

7月31日(金)公開

🄫UPLINK Co. ALEF MULTIMEDIA

日時

7月31日(金)公開

料金

一般¥2,000/シニア(60歳以上)¥1,300/ユース(19歳~22歳)¥1,100/アンダー18(16歳~18歳)¥1,000/ジュニア(15歳以下)¥800/障がい者割引¥1,000/UPLINK会員¥1,100(土日祝¥1,300)/UPLINKユース会員(22歳以下)いつでも¥1,000

詳細 DETAIL

ニュースの向こうにある物語

ガザの映像制作会社アレフ・マルチメディアと東京の映画配給会社アップリンクによる共同プロジェクトが始動。
ニュースの情報だけでは伝わらない、ガザのひとりひとりの物語を世界に発信します。

2023年10月からおよそ2年にわたる戦争で、ガザの街並みは一変しました。
戦争といえば、軍と軍が兵器を携えて闘うことを思い浮かべますが、この戦争は異なる様相を見せています。
見渡す限りビルが崩壊し瓦礫と化した風景は、原爆投下後の広島を想起させます。
ただしこれは一度の攻撃によるものではありません。2年間にわたり繰り返された空爆の結果です。
ガザ保健省の発表によると、死者数は7万2千人を超えたとされ、2万1千人以上が18歳未満の子どもとされています。

2025年9月9日、イスラエル軍はソーシャルメディアや空から撒かれたビラを通じて、ガザ市北部の住民に対し避難命令を発しました。
海沿いのアル・ラシード通りを通って、南部のアル・マワシまで避難するよう呼びかけました。
撮影チームは避難路であるアル・ラシード通りへと向かいました。そこで見たのは、北から南へと逃げる人々の流れでした。
荷物を山積みにしたトラック、車や馬車、着のみ着のまま歩く人々。アル・ラシード通りは避難民であふれていました。
ガザ渓谷から撮影された映像では、人々がアル・ラシード通りを南へ向かう動きがよく分かります。
同映像の後方には激しい戦闘で破壊されたガザ北部の街並みが見えます。

9月16日、長らく予告されていたイスラエルの地上軍事作戦が開始され、ガザ北部での戦闘はさらに激化しました。
この日も、アル・ラシード通りを数千人の避難民が南下する様子をカメラは捉えました。
ある家族は道の途中で、多くの避難民を横目に子どもたちと家族が休むためのテントを建てます。
また、ある親子は火起こしの燃料を探しています。プラスチックや廃材を集め、調理のため火を確保するのです。
他のとある家族は、キャンプの清掃をしています。どの家族も子どもが懸命に手伝っています。
映像からも伝わるように、パレスチナでは15歳未満の子どもが人口の約37%を占め、若年層の割合が高い社会となっています。

ガザとイスラエルの間で停戦が合意され、10月10日に発効されました。
しかし、ガザ上空での監視飛行は続き、停戦後も死傷者が報告されています。それでも人々は故郷へ戻り始めました。
ブルドーザーが瓦礫を押しのけ、前へ進むため道を開けます。
ガザでは停戦後の3か月間で約1万7千人の子どもが誕生しました。
ガザはまさにこの場所から生まれ変わろうとしています。
瓦礫の中からガザの未来を担う命が、今日も誕生しているのです。


【STORY】

2023年から約2年にわたり繰り返された空爆により、ガザは見渡す限り瓦礫の街並みと化した。その風景はまるで原爆投下直後の広島のようである。

2025年9月9日、イスラエル軍はソーシャルメディアや空中に投下したビラを通じて、ガザ市全域の住民に対し、アル・ラシード通りを経由して南部のアル・マワシまで避難するよう呼びかけた。

9月14日にイスラエル軍は作戦を強化し、未だ残る市民への再警告を発した。
市民は退避命令を受け、一斉に移動を始めた。大量の荷物を積み上げた車やトラック、馬車が行き交い、着の身着のままの人々が慌ただしく逃げている。

避難民で溢れかえり、砂埃舞う道路のわきで、休息のためテントづくりにいそしむ家族がいた。父親を手伝う子どもたちの顔には疲弊の色が浮かんでいる。
テントが完成し、一家はようやく食事を取る。戦禍の中でも、家がなくても、生活は続いていく。

9月16日、予告されていたイスラエルの地上軍事作戦が開始され、ガザ北部での戦闘はさらに激化した。この日のアル・ラシード通りでは数千人規模の避難民が南へと向かった。
ガザ市内から避難する子どもたち。4時間か、5時間か、6時間か──どれほど歩いたのかも分からなくなるほど、歩き続けている。

美しい地中海沿いにもテントが連なっている。
火の燃料になりそうな資材をかき集める父親、かまどでパンを焼く母親、海に水を汲みに行く少女。時には紅茶をたしなみ、海水浴をする人々。

そんな彼らを照らす太陽はいつも通り沈み、また昇る。
避難しながらもそれぞれの知恵を絞り、多様な生活を日々営んでいる。


アル・ラシード通りについて

パレスチナのガザ地区、ガザ市の海岸沿いを走る主要な道路。

2005年からイスラエルに包囲されているガザ地区では、電力の供給が安定せず、1日最高20時間に及ぶ停電が起こる。真っ暗になった自宅で過ごしたくない人々は、夜にアル・ラシード通りに集まってくることで知られていた。通り沿いの出店は発電機を駆使し、集まる人々に灯りを提供していた。夜に灯りがない環境の精神的影響を考慮して、親が子供を連れてアル・ラシード通りを訪れることもあった。

また、長年のイスラエルによる空爆で自宅を失った人々は、無事な家族や親戚の家に身を寄せていることから、住宅内には多くの人数が生活をしている。「満員の」建物から逃れるためにアル・ラシード通りに集まり、そのまま通り沿いの浜辺で就寝する人たちもいた。若者たちが友達同士で集まるのもこの通りであった。

2023年10月7日以降、ガザ地区での飢餓が報じられた。多くの住民が、救援物資を積んだトラックが検問所を通って北部に入域するのを待ち構え、アル・ラシード通りに集まった。

2024年2月29日の「小麦粉虐殺」では、小麦粉を積んだ搬入トラックが検問所を出た時点で、物資を求める人々がトラックに群がったが、多くの人が銃撃と砲撃を受け、少なくとも112人死亡、760人以上が負傷した。これに対しイスラエル軍は、「押し寄せた人々が混乱を引き起こしたと」とし、部隊を脅かす「数人」に発砲したと述べたが、病院に運ばれた死傷者のほとんどに銃創が認められた。

小麦粉を取りに行かずに命が助かっても、代わりに餓死するしかない。以降も搬入トラックを目当てにアル・ラシード通りに集まる人の数は後を絶たず、更なる銃撃で死傷者がでた。


繰り返される「避難命令」

まず大きな特徴として挙げられるのが、避難命令が一度きりではなく、短期間に何度も繰り返されている点である。イスラエル軍は空爆や地上作戦の前に特定の地域からの退避を呼びかけるが、対象地域が次々と変わる。そのため、住民は一度避難してもそこに安全に留まれるわけではなく、生活の拠点を持てないまま移動を繰り返すことになる。

こうした状況で、ガザ地区の住民の大多数が避難を経験しているとされている。人口のほぼ全員が一度以上の避難を強いられ、多くの人が複数回にわたって移動している。ガザの大部分が避難対象区域に指定されることもあり、安全な場所自体が極めて少ない。

さらに問題視されているのが、いわゆる「安全地帯」とされた地域でも攻撃が行われている点である。避難先とされた地域でも空爆が行われるケースが報告されており、住民にとっては「避難すれば助かる」という前提が成り立たない状況になっている。

また、そもそも避難命令に従うことが難しい人々が多く存在する点も重要である。高齢者や障がいのある人、負傷者などは長距離の移動が困難であり、避難の途中で命の危険にさらされることもある。さらに、病院や医療施設にいる患者や医療従事者にとっては、移動そのものが重大なリスクである。こうした人々は避難命令が出てもその場に留まらざるを得ず、結果的により大きな危険にさらされる。

加えて、避難の繰り返しは人々の生活基盤を著しく破壊している。何度も移動することで家や財産を失い、食料や水、医薬品といった基本的な生活資源へのアクセスも困難になる。避難先ではテントや仮設施設での生活を余儀なくされることが多く、過密状態や衛生環境の悪化も深刻な問題となっている。長距離を徒歩で移動するケースも多く、特に子どもや高齢者にとっては大きな負担である。

『9月のアル・ラシード通り』 Al-Rashid Street in September
(2026年/パレスチナ・日本/67分/1:1.65/カラー)

製作:アップリンク、アレフ・マルチメディア
プロデューサー:浅井隆、ムハンマド・サウワーフ
共同プロデューサー:サラ・アル・ハワ
監督:ムハンマド・サウワーフ
撮影:イブラヒム・アル・ウトゥラ、ハッソナ・アル=ジャルジャウィ
ナレーション:ガダ・アブド・アルファッタ
編集:芝暢佑
整音:真野悠作
配給・宣伝:アップリンク